認知症の方の歯科治療、有病者の歯科治療を主に行っています 長崎市布巻町にある三和中央病院内の歯科診療室です 

 

 

 

 摂食嚥下障害が疑われる場合、いくつかの観察ポイントがあります。

 

   ・流涎(よだれを垂らす)

   ・食事時のむせ、咳き込み

   ・喉に食べ物が引っかかる感じ

   ・食後の嗄声(声が嗄れる)

   ・飲み込みに時間がかかる

   ・鼻への飲食物の逆流

   ・食事時間の延長(1時間以上)

   ・口腔内に食物が残る

   ・肺炎(発熱)を繰り返す

 

    (摂食・嚥下リハビリテーション:看護技術、vol50,No1)

 

 これらのポイントは在宅介護でも簡単に判別できる具体例です。ただし、具体的にどの部位に障害があるかで対応は変化します。咽頭期障害が明らかとなれば嚥下食対応などが必要になりますが、準備期障害ではまず口腔内の環境を改善することが重要となります。

 これはアメリカの例ですが、摂食・嚥下障害と判断された患者のうち、純粋に咽頭期障害が原因であったものは20%程度で、咽頭機能障害と口腔の機能障害の合併、もしくは純粋に口腔の機能障害のみが原因であったものは残りの80%で、口腔機能障害単独で原因であったものは約50%であるという報告があります。

 欧米人と日本人では骨格等も差があり単純に比較することはできないのですが、これでも準備期障害が原因となって生じている摂食・嚥下障害が多くの割合を占める可能性が示唆されます。

 つまり、嚥下障害と診断されて嚥下食に移行した方や、誤嚥性肺炎を疑われて経管栄養に移行した方でも、単純に口腔機能の問題で、咀嚼機能等を改善させる対応だけで済む方も多いのではないかと考えられます。

 

 「口腔の役割」という項で述べていますが、嚥下食、経管栄養へと移行することは、人間として生きることの質を大きく低下させてしまうことも意味します。よくよく観察して準備期障害が主な原因と考えられる際には、可能な限りの障害因子を除去、改善することで摂食嚥下機能が改善できるかもしれません。

 

 

 

 歯科的対応の大きな目的は、@食塊形成を良好にすること、A喉へ送り込みやすくすること、B誤嚥に付随して生じる肺炎(誤嚥性肺炎)を予防すること、になると思います。

 

 重要なのは、食事がうまく食べられないのは、食事の形態が適していないこと、食塊形成がうまくできない、つまり口腔内に問題があることをまず疑ってみるべきことだと思います。勉強会などに出席すると、明確な口腔期や咽頭期、食道期障害がないのに、よく食べられない、むせる、という理由だけで嚥下食や胃瘻に移行しているケースが多い、という報告を聞きます。よく咀嚼できないのであれば、食塊をうまく飲み込むことなんてできないのですから、ここで単純に嚥下障害と認識されてしまうようです。逆に咀嚼機能が低下しているにも関わらずうまく食べられるものだから常食に近い形態を提供している、という危険なパターンもあります。これは嚥下障害どころか窒息の可能性もあります。

 

 口腔ケアを行っている病棟は別として、患者さんの口腔状態と食事内容の選択について病棟から相談されたことは一度もありません。どうやって判断しているのだろう、とたまに疑問に思うことがあります。歯が数本しか残っていない状態で常食やパン食を提供しているなど、口腔状態と食事形態が適していない患者様が多数おられます。準備期(咀嚼期)障害で粥食へ変更されている患者様もよく診療室に紹介されてくるのですが、主訴以前に十分に歯科的治療対象である方が多く、早く治療を行っていればもっと早く常食形態に近いものを提供できる可能性もあります。

 

 準備期・口腔期障害に関連して、大きな問題となるのは舌の動きです。私は入れ歯を作る際に、よく「ベロの先を天井に当ててみてください」と試すのですが、高齢者の方で上手に舌の先(舌尖と言います)を口蓋へ付けることができる人は、この診療室に限っては半数もいないかもしれません。ベロを上げて、と指示すると、大抵の方は前方へ出そうとします。これは嚥下する際に非常に大きな障害となります。

 舌や口唇の機能障害については、発音である程度障害部位がわかります。これは長崎嚥下リハ研究会の山部先生のセミナーで伺ったのですが、「パンダのたからもの」と発音してみます。

 

 パ・・・「ファ」に聞こえると、口唇の閉鎖不全 「マ」に聞こえると、軟口蓋の挙上不全

 ダ・・・「ア」に聞こえると、舌尖の挙上不全、「ナ」に聞こえると、軟口蓋の挙上不全

 の・・・「オ」に聞こえると、舌尖の挙上不全

 か・・・「ア」に聞こえると、奥舌の挙上不全

 ら・・・「ア」に聞こえると、舌尖の挙上不全

 も・・・「オ」に聞こえると、口唇の閉鎖不全

 

 これだけでも、どこに障害が生じているかがある程度わかるのです。前項でも述べましたが、舌は食塊形成や食べ物の喉への送り込みの際に大切な役割を果たしています。

 

 また、嚥下を行う際には舌を口蓋につけ、また喉と鼻がつながる部分が閉鎖(鼻咽腔閉鎖)されなければならないのですが、口蓋が深い(つまり口の中の天井が高い)、鼻咽腔閉鎖不全があると、うまく飲み込むことができなくなります。これも義歯を用いて天井に厚みをつけて相対的に口腔を狭くして舌を付着させやすくしたり、義歯の後方を延ばして鼻咽腔を閉鎖する方法があります。

 

 その他当院における嚥下障害の対応については当院ホームページの嚥下困難嚥下食対応のページに譲りたいと思います。

 

 

 

 誤嚥性肺炎を予防するには、積極的に口腔ケアを行うことが重要になります。摂食・嚥下障害のある方では、口腔ケアは必須です。

 むし歯や歯周病などによる痛みのため食事ができない状態で、うまく他人への意思疎通ができない場合には、それで単純な摂食嚥下障害と考えられてしまう方も多いのではないかと思います。口腔ケアは単に清掃のみを意味するのではなく、これら口腔内疾患の早期発見の目的も含まれます。

 また、明らかな誤嚥がなくても、夜寝ている間に少量の誤嚥が生じている(不顕性誤嚥)場合もあるので、これにより誤嚥性肺炎が生じる可能性もあります。これを防ぐためにも、口腔ケアは重要な役割を担うのです。また、口腔ケアによる適度な刺激により、舌や口唇の動きの間接的な訓練にもなると考えられます。

 

 東北大の菊池先生らの研究によると、肺炎を発症し治癒した高齢者の方は、71%の方が夜間就寝時に不顕性誤嚥を生じていることが明らかになっています。また、健常高齢者でも10%の方が不顕性誤嚥を生じているそうです(これは潜在的にもっと多いのではないかと思っています)。ただしこれはあくまでも%上の確率論であり、可能性として考えると、誤嚥の可能性は「ある」わけです。

 

 嚥下食で対応するにせよ、肺炎発症のリスクがゼロになるわけではありません。現在ではテクスチャの改良により食渣があまり付着しないような嚥下食も提供されていますが、不顕性誤嚥を考える上では、目に見えないバイオフィルムが存在するのであればやはり誤嚥性肺炎の危険は消し去ることができません。嚥下食が提供されている患者様については、ことさら口腔ケアが重要になると私は考えています。当院では嚥下食への移行と肺炎の発症率についての因果関係はまだ検索されていないのですが(おそらく現状では嚥下食に変更したからといって肺炎が減っているわけではないでしょう)、口腔機能が低下している方は唾液の分泌も少なく、自浄作用も低下しています。十分な咀嚼が行われない状況では尚更です。嚥下食に移行した方でも十分な口腔清掃が必要となります。

 

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